一語一語の一期

消えた渦に消えたシビトはどちらも消えた
現れた渦に現れたシビトはどちらも現れた
意識された意識の自我意識
額を照らすバッグミラー、
脳内の不明瞭な記憶が象り雲間、半ば影の、
天球の複眼が覗き込む、夜空の、相貌


路の傍らをサイドミラーが流す荘厳な屋根瓦、マスクをかけた長い髪の、マンホール、止水栓、下町の蒸留酒、スナックの明かり窓、自動灯、生け垣、混ぜ垣根、7日過ぎても飾り松。

雲間を覗きこむシビトのおめんは、万古の三圏、(地、水、空、)を流れるアニミズム、圧にのって風をはらむ水蒸気圧、あの理想曲線を思い出し、指と手と腕に鉛筆を持ったかのように右肩あがり第一曲線、そして一線一線何度も振り上げ、プライドに充ちた、レンズ拭きあげの職人さん、いつか死んでも世界で評価されうべき絵師、唯一無二の父、死んだかの人、…願う

水理学の決定的な理想曲線、水の様相を照らす一本の線、黒板のチョークで描いてくれたが、もうあの先生の名前すら忘れてしまった


なにをいわんとしているかはなにもなくいわずとしれずあにはからんや


絵師から二度ほど今日電話が鳴る、着信の画面をじっと見つめ、受けることもなく何度も何度も、かれこれ一ヶ月余、あいだ、私はもう“画”に向かう気も力もどこかに消失していた
あぁ‥残念だが、どうしたものか無気力症候群なるを診断するもなく、身勝手気ままな堕落生として、信頼の度合いは0乃至マイナスに転落した。関係は>乃至≫の程に希薄なものとなってしまった。関係修復は可能だろうか?なんど咎められても、奮い立った気概はなんど聞かされても等しく私も気持ちはあっても、

サテンを飾るパブロピカソリトグラフがあった

VERVE、あぁいい一語だなその言葉もはじめて教えてくれたのも絵師だった

『バルール(Valeur)だけで描いてはダメです。バーブ(Verve)を線に込めなさい』

Valeur、色彩の相対的な濃淡、明暗

Verve、芸術作品や行動に現れた気迫、情熱、活気

※その一語が現に存在するとあらば、その精神もまた存在しうる、保たれ継がれ示される

デッサン画の前で生きることさえも語っていた、
涎をたらし眼を真っ赤にしながら誰に叱っているのか、画の前で我々のまん前で、『なにやってるんだ君たちは!はっ!』絵師独特の喝がアトリエで鳴り響いた

天井を指さしながら、逆の左手で大地を指さしながら
『無依の道人、無事の人たれ』
『我れを知らずして外を知るということわりなどありはしない』
『外には仏も法もありはせね、内によっても得られはせぬ』
『外にも内にも求めるな、ではどこにあるか?ほかでもない無依独立の君たちこそ諸仏諸法の母だ』
『三千世界(全宇宙)はすべて汝にほかならぬ』
『平常無事であればよい』
『各自しっかりやってくれ、どうもご苦労だった』
臨済録、入矢義高訳抜粋)

などと絵画の話しとはほとんど関係ないアチラの話しを滔々と話して聴かせてくれた。いい恩師のはずなんだが、昨今の私はどうやらかなり根負けしている。こんな文章打っていたらまた話しもしたくなる。叱られるにちがいないが、薦めてくれた臨済録、を最近…読んで面白くもあり…『はっ!そんなものいいか!』と返されて、『そもさん』『うつせうつせ』

明日林檎をもって挨拶しにいこう。
そうしよう
(そうしよう)
   ――――owari――――