国家首席のエートス

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 日本国民に告ぐ

子らは我が國の宝であるから國が様々に尽力しそのように教育していくことを律する。家族とは国家を構成する最もな基本的要素であるから家庭教育について我が国は…監視、いや失言…監督、いやおかしな勘繰りをしてはいけない。支援というニュアンスでよい。国の考える理想→イデアイデオロギー、を少しずつ家庭社会においても水面下で介入し推し進めていくものである。国家が主体的に人々の慣習や思想に枠組みを与え規範を与え、そのようにコントロールしていくことは我々は国家の責務として当然のことである。ポスト国粋主義を次世代に教育し、すすめ、すすめ、我が国日本の道徳観をこそ美化し花開かすときであるのだ。

哲学する?、倫理?、のようなところで、ことを知り、考え悩む必要などないのだ。そのような学問的な哲学や倫理などという理知的判断を学ばせるのは、専門教育機関のすることである。いずれ廃したほうがよろしい。そのようなアタマや学は日本社会全般においてしっかり行き届くことなどあり得ないのだから。

世のナカミやカラクリを人一人が考える手立てを学ばせるよりも、もっと強くて誇らしいチカラを学び知るのが日本人にとって何よりもふさわしい学校教育であり家庭教育の躾であろう。そうした外部によりて与ふるチカラに寄り添うことで我々は安心立命を得るのである。それこそが日本国民精神の全体規範である。

そうした道徳感情で充分あなた方(我々は)(日本の子らは)そのようにして物事をよく知ることができるのである。道徳感情によってこそ世の中の正や不正を判断できるのである。一切の物事は外によって与ふると、純粋無垢な子にも似たそうした寛容な態度が、日本古来に受け継がれた美しい詞の精神ではなかろうか。数々詠まれてきた和歌もまた、国家元首の御言葉もまた、お上の一首であるのだ。そして古来からいただいた伝統的日本の精神文化。それに勝るものはない。
しもじもの者たちよ、我が国古来の意識に目覚めよ。我が国の持つ日本社会の一団としての家族というあるべき姿をよくよく学びたまえよ。

国家はそれを法制化し、内閣をはじめ国家主席たる我々はそれらを共謀していく、いや失礼、それらを推進していく構えである。


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薄気味悪いお粗末なパロディだが、実際そのように飼い慣されていくのだろう。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡教員免許「国が一元管理を」 自民、国家資格化を提言:朝日新聞デジタル
asahi.com

(記事)
自民党の文部科学部会は15日、都道府県ごとに分かれている教員免許の情報を国が一元管理し、国家資格に位置づけるなどとした緊急提言をまとめ、松野博一文部科学相に提出した。
 文科省によると、教員免許は、各都道府県ごとに管理している。更新制の導入時に整備した国のシステムはあるが、処分の履歴などは完全に共有されていない。不祥事などで免許が失効しても、他県で採用される可能性もあるという。
 提言では、こうした情報を国レベルで共有できる仕組みをつくり、失効や取り上げなどの情報を文科相に報告する義務を課すことや、採用選考に活用できる共通試験を国が作成することなどを挙げた。国家資格にするための具体的措置についても早急に着手するという。部会長の亀岡偉民議員は、記者会見で、「勤務時間の改革や待遇改善も含め、教員が誇りを持てるようにしたい。国が介入を強めたいということではない」と述べた。




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