オイコノミア
エコノミー
マチェール
ファクトゥーラ
ヴァルール
Verve(ヴァルーブ)…あぁいい一語だなその言葉もはじめて教えてくれたのも絵師だった。『バルール(Valeur)だけで描いてはダメです。ヴァルーブ(Verve)を線に込めなさい』
Valeur―色彩の相対的な濃淡、明暗 Verve―-芸術作品や行動に現れた気迫、情熱、活気


咲かす群生が
灰色な雲が
ぐるぐると
人びとをとり囲む
生垣に浮かぶ
死んだ男の眼鏡が
軒下から
水泥の底を
吹き上げる
身に覚えのない
流れる血筋の
彼岸の蕗は
伸び上がった、まま
そして 自然がぐるりに
おれにてんで見覚えの無いのはなぜだらう
渡の橋桁に沈む
あるろうとなく
名もない家家の
土台には、蟋蟀の
影が、立ち上る
戸口には表札はなく、段丘に林立する家家には、深々と根を張る人びとの名前が存在する


泥靴をはきコーヒー缶を口にし、枝葉が塞き止められた泥まみれのコーナーを曲がり、車の通れぬ狭い路地を入っていく


たどり着いた玄関のポストには、ふと一通のメモ書きが入っていた、走り書きされた苦情を読みながら、

慌てて屋根を覗くと、家のアンテナが右隣の家の屋根やたれかかり、家に引き込む電線にも触れていた

あなたのことが好きです、長長と走り書きされた苦情の手紙のなかに、無礼をわびてか、唐突な一言が添えられていた

疲れ果てた身体を投げ出し、わたしは名もない、Blind Boy レイニーブルーズ 1935‐1948、を聞きながら、ばらくその手紙を眺めていた


反対の隣家からは、いつもの調子で嘔吐している、悪い咳をした男の様子が、壁越しに聞きながら

「大丈夫ですか?」と、なんとなしに心配しながら、わたしは煙草を吹かし、胸をあわせていた、

あと、そう、そう、裏庭の向かい側の隣家では、張り手と罵声がよく聞こえるのたが、最近はまるで嵐の過ぎたあとようで、物静かだ

継親の老介護者は、言葉が喋れず、「あ〜、う〜」と呻き声しか上げられず、血の繋がらない子にに折檻される、いつもされるがままである


苦情をポスティングした隣のおばさんは、挨拶を数える程度しかしない、時折休みの昼間には子どもと愛犬を連れてきてワンワン大声で怒鳴ったり泣かせている

回覧板を持っていけば、戸口を叩いても居留守か留守かまるで返事もなく、(名前のない)銀色のポストに回覧通知を入れていたりするのだが


しばらくはその苦情の手紙を眺めながら、煙草をゆい、乾いたレイニーブルーズを聞きながら、便所で嘔吐する男の醜い咳を聞きながら、仕方なく重い腰をあげた


人びとの寝静まった夜に、脚立を屋根に上げ、長く錆びついたアンテナを静かに解体した
まるで広い草原に転がっている獣の骨のような、まったく生活に要らないアンテナを、ドライバーで静かに解体した


秋の音(ね)の蟋蟀が、家家の屋根の隙間から、恋歌のごとく立ち上っていた
包帯のように巻かれた厚手の雲がどんよりと流れ、屋根の下に沈んだ人びとの、寝息を吸い上げていた


 ミューズよ御覧なさい
 我々のうたう雨は
 あなた方の
 歌ではない
 蒸発する人びとの、
 紙の上の名前たちの
 そのそばで
 聞き耳を立てて
 よく御覧なさい
 地を這う人びとの
 家家の土台に隠れた
 人びとの
 蟋蟀のさえずる
 家家の戸口の
 深々と溝をあけた
 根を張る名もない歌を
 聞いてごらんなさい
 ミューズよ
  ミューズよ
  レイニーブルー
  Blind Boy


天上の雲のきれから、僅かな小雨が、林立する家家の屋根に落ちている
解体した重い部品は屋根に放置したまま、わたしはその夜、部屋に戻り






渡の橋桁に沈む、あるろうとなく、名もない家家の土台には、蟋蟀の影が、立ち上る

戸口には表札はなく、段丘に林立する家家には、深々と根を張る人びとの名前が存在する


泥靴をはきコーヒー缶を口にし、泥まみれのコーナーポストを曲がり、車の通れぬ狭い路地を、


たどり着いた玄関のポストに、ふと一通のメモ書きが入っていた、走り書きされた苦情を読み、

慌てて屋根を覗くと
家のアンテナが隣家の屋根や電線にもたれかかっていた、

あなたのことが好きです、長長と走り書きされた苦情の手紙に、無礼をわびてか、唐突にそんな一言が添えられている

わたしは名もないレイニーブルーズ Blind Boy をかけながら、その手紙を破り捨てた

もうひとつ反対の、隣家から聞こえる、毎夜毎夜便所で嘔吐しながら男の咳こむ声を聞きながら、

わたしは遠い壁越しで「大丈夫ですか?」と煙草を吹かしながら、詰まる胸をあわせた、

あと、そう、そう、裏庭の向かい側の隣家では、張り手と罵声がよく聞こえるが、今日はまるで嵐の過ぎたあとようだ

息子に折檻されながら、継親の痴呆の老介護者は、言葉が喋れず、「あ〜、う〜」と呻き声を出すが、されるがままである


あったこともない隣のおばさんは、時折休みの昼間に子どもと愛犬を連れてきてはしゃいだりしている

わたしは回覧板を持っていくと、戸口を叩いても居留守か留守か返事もなく(名前のない)銀色のポストに入れていた


しばらくはその苦情の手紙を眺めながら、煙草をゆい、乾いたレイニーブルーズを聞きながら、便所で嘔吐する男の悪い咳を聞きながら、仕方なく重い腰をあげた

寝静まる深夜、脚立を屋根に上げ、2、3メートルもの長い錆びついたアンテナを静かに解体した、
まるで広い草原に転がった獣の骨のようなアンテナを、立てる気力も体力もなく、静かに解体した

秋の音(ね)の蟋蟀が、家家の屋根の、尾根の隙間から、恋歌のごとく立ち上っていた
包帯のような厚手の雲を空より見上げた、屋根の下に沈む人びとの寝息を、吸い上げていた

ミューズよ御覧なさい
我々のうたっている
蒸発する人びとの、
戸籍上の紙製の名前を
地を這う人びとの声を
家家の土台に隠れた
虫たちのさえずりを
深々と根を張る家家に
そば耳を立てて
よく聞いてごらんなさい ミューズよ



ミューズよ御覧なさい
我々のうたっている
蒸発する人びとの、
戸籍上の紙製の名前を
地を這う人びとの声を
家家の土台に隠れた